Villa Corniche

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Arado Ar 196 (その2)

Arado196 D1-EH Sep 17, 1943 off Irakeia Island

この画像は、銃撃により損傷したドイツ海軍のAR196 (D1+EH)が沈む直前の姿を僚艦であるSubmarine Chaser(駆潜艦) UJ-2104 Darvikの艦上から撮影したものだそうです。

1943年9月17日、このAR196水上機はギリシャのピレウス港からロードス島に向かう2隻の補給船(SS Paula, 1921建造、3754ton及びSS Pluto、1905年建造、1156ton)及び駆潜艦UJ-2104の3隻の船団を護衛していました。ところが、船団はNaxos島付近でキプロス島から飛び立った8機連隊の英国空軍Baeufighterに捕掴されます。激しい攻撃で船団は損傷しましたが航海を続けることができました。但し、護衛機のAR196は飛行不能となり、イオス島沖に不時着しました。AR196の乗員2名は、UJ2104に救出されています。

UJ2104

UJ2104は、元々ノルウェーの捕鯨船として1937年に英国で建造されました。1940年に英国海軍により駆潜艦に改造され、KOS XXIIIの船名で海軍の地中海の作戦に従事しましたが、1941年にクレタ島沖でドイツ機に襲撃され損傷し、ドイツ軍の捕掴を避ける為に自沈したのでした。ところが、結局ドイツ軍に引き揚げられ修復され、今度はドイツ海軍の駆潜艦UJ2104として1942年に再就役したのでした。

Off Ios Island

上の写真は、今年の夏にイオス島付近で撮影した光景ですが、73年前はドイツ軍、イタリア軍、連合軍が入り混じる戦場だったのだと思うと感慨深いです。

後で調べて解ったのですが、AR196 D1+EHは、上記の通りイオス島沖で沈みましたが、1982年にギリシャの漁船(NP1377 Robinson)の網に引っ掛かり、ナクソス島出身のRobinsonの船長が約91mの深さに沈んでいたこの飛行機の残骸をイラクリア島のAlimia Breachまで曳航してきたそうです。

AR196 D1_EH front

ところで、ロードス島に向かった船団はどうなったかというと、ロードス島には行き着かず、翌日1943年9月18日にAstypalea島の北でHMS Faulknor(H62) , HMS Eclipse((H08)とギリシャ海軍の駆逐艦Vasilissa Olgaの砲撃により、SS PaulaとSS Pluteは撃沈されてしまいます。駆潜艦UJ-2104はまたもや損傷を受けながら沈没しませんでしたがその後破棄処分になりました。尚、AR196の乗員2名は英国の捕虜となったそうです。

HMS Eclipse(H08)

余談ですが、船団を攻撃したHMS Eclipse(上の写真)は僅か1週間後の1943年9月24日にドデカネス諸島のカリムノス島で触雷して轟沈。駆逐艦Vasilissa Olgaは更に2日後の9月26日にドデカネス諸島のレロス島で Junkers Ju 88爆撃機戦隊の襲撃を受けた撃沈されています。

イタリアが全面降伏した1943年9月8日後のドデカネス諸島の戦いについて殆ど知識がなかったのですが、少し調べてみると興味が湧いてきます。
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